文化の薫り高くとは

掲示板:健康腺談義
健康腺談義から
健康腺療法の継承の現状と問題点

第6回天珠道元氣療法(健康腺療法)講習会

9月21日(日)午後1時から

 詳しくは「講習会のお知らせ」

 

  健康腺療法は天珠道元氣療法

          略称天珠療法になります!!

〔宣言!〕

  健康腺療法は、正式名称「天珠道元氣療法」、略称・通称「天珠療法」に変わります。


〔名称変更の理由〕
 恩師吉田先生はかねがね私に、健康腺療法をものにしたら自分の健康腺療法を創れと仰っていました。これは名称も含めてだと私は解釈しました。勿論たとえ名称を変更しても、魂は、野中先生・吉田先生の創り上げられたものを受け継ぎ、三代目としてその天才的な技能を、人類の幸福のために寄与する文化の最先端レベルの一般的な技術として普及する、という使命をはたすために人生を捧げんとするものです。

 これは、全く新しい健康腺療法を創り上げることを意味します。新しい葡萄酒には新しい革袋が必要です。昨今の医療の現実は、終戦直後のような、健康腺さえ整えれば皆治っていく、という時代ではなくなりました。現代社会の様々な歪みによって心と神経がヒズミ、そのしわ寄せをスジのネットワークが一身に受けるというケースが非常に多くなりました。したがって、これを治すためには、まずは神経の歪み治すことがとても重要となってきています。つまり、現代の医療は、健康腺を治療するというより、歪んだ氣を元に戻すことに比重が移っている、という現実がはっきりとあります。こうした現実を踏まえて、新たな健康腺療法には、それにふさわしい21世紀医療の進むべき王道を指し示す、文化レベルの高い新名が必要です。それが、新正式名「天珠道元氣療法」つまり、元氣を回復して天寿への道を歩めるようにする治療法であり、また、天寿とは、治未病の結果であり結晶であるから、その略称・通称「天珠療法」こそ、この治療法が治未病治療の最高峰である、ことを端的に示すものなのです。

 これに関して、タマゴさんがとても良い解説をして下さいました。曰く

『「天珠道」の「天」は「天の弁証法」即ち「物質と精神の両要素を統括する絶対不変(不偏)の法則」、
「珠」は野中先生から受け継がれた格言「人間は珠でごわす」。
「天珠道」とは「絶対真理に基づき人間を珠のように輝かせる道」という意味で、当然「天寿」の意味も含みます。』
『「天珠道」の体系の中には、「弁証法」「健康腺療法」「元氣療法」がある。
ここでいう「弁証法」とは、稲村先生の新境地を反映した弁証法である。
「健康腺療法」は、ガン以外のあらゆる病を治癒させたという
野中先生本来の手法を復刻した人類遺産としての治療法。
「元氣療法」は、スジのネットワーク論を基盤とし新たに考案された手法で、他の治療法(西洋医学等)の粋を取り入れながら、常に進化し続けける治療法。』
『「天珠道」の基本理念は「未病一切奇妙」。これは安藤昌益と粟島先生の「治未病」を発展させた概念である。
即ち、天珠道は、野中先生→吉田先生の系譜、安藤昌益→粟島先生の系譜、弁証法の系譜を継承する治療学問体系である。』
『「元気」の語源は以下のようなもののようです。
根源の気、生命力。
宇宙万物を生み出し、生かしている宇宙のエネルギー。』

 つまり天珠道元氣療法略して天珠療法は、初代野中先生が本来つけたかった名称へのより高いレベルでの回帰、つまり、弁証法でいうところの否定の否定の結果としてたどり着いた境地なのです。 しかし、健康腺療法という歴世ある名称を、ないがしろにして捨て去ろうということではなく、むしろそれをも含んでより発展的な本源的な名前にしようということです。したがって、私自身は、今後も健康腺療法3代目を名乗り続ける所存です。

1,健康腺療法とは
 昭和の戦前から戦後の初め頃にかけて、100年に一人でるかというほど凄い治療の名人がおりました。その不世出の名人が名付け実践していたのが、この健康腺療法です。そして、もう一人の名人がそれを受け継ぎ手による健康腺療法を基に鍼による健康腺療法を創り上げました。この二人の治療の名人とは、手による健康腺療法の創始者である野中豪策先生と鍼による 健康腺療法の創始者である吉田禎克先生です。
この健康腺療法こそ、いにしえの医聖といわれる名人 のいう「上工は未病を治して、已病を治さず」そのものなのです。こういうと、「ああ、病気を萌芽のうちに治してしまうというあれですね!」と早合点する方もたくさんおられるでしょう。 これは、文字だけ見るとそう書いてあるようにみんな思ってしまうようで、こうした間違った未病の見方が定着してしまっている現実がありますが、本当のところまったく違うものなのです。正しくは、名人は病気を治す生命力の本体を治して、病んでいるところは治さない、という意味なのです。
じつは、 健康腺療法の創始者であり治療の名人だった野中豪策先生もそれと似たようなことを仰っているのです。曰く
病気は患者自身が治すものだ、自分が治したと思っちゃあいけない!だから悪いところは患者にとっておかなければ駄目だ。大抵はやり過ぎるから症状は取れても治らなくなる
と。
つまり、健康腺療法とは患者自身の力で治っていけるようにする治療法だということです。そしてこれはまさに治未病そのものといえる治療法なのです。しかも、野中先生も吉田先生も、病院や他の治療院で見放されたような難病の患者をこの健康腺療法で次々と治しきっていったというのです。つまり、回り道のように見えてじつは治療の王道であり、近道なのです。

 では、なぜ健康腺療法をおこなうと、自分の力で治っていけるようになるかといいますと、それは、原点とも言える動物体へリセットされるからです。こう言われてもピンとこない人がほとんどでしょう。これを本当に理解するためには進化の歴史を学問的に把えた生命史論が分かっていなければなりませんが、簡単に言うならば、人間の体はもともと動物体でしたが、サルから人間への進化の途上で、認識が誕生しその認識が労働をはじめたことにより、人間体へなっていったのです。ですから、人間の体は人間体であるとともに動物体でもあるという複雑な二重構造になったのです。

 労働をおこなう人間体は、お腹も労働の一部として組み込まれておりますので、必然的にお腹と手足はつながりを持つことになります。だから、手足に内蔵のツボが形成されることになったのです。しかし、夜になって昼間の労働による疲労や歪みを癒す睡眠時は認識が眠りにつくので、本能が先頭に立って睡眠の統括をおこなっているのです。この時に、人間体が動物体へリセットされていないと、本能ははたらきにくいのです。つまり、昼間の労働のつながりが夜になっても残っていると、それが本能のはたらきを邪魔してしまうということです。

 では、その際の動物体と人間体とを分ける鍵となるポイントは何かといいますと、それが健康腺なのです。動物体はお腹と足は別々に分かれていてその境目はニュートラルなのですが、人間体は一体でニュートラルでないのです。ですから、お腹と手足の境目(=健康腺)をニュートラルの状態へ戻してやると、人間体が動物体に戻って、本能が本領を発揮できるようになるため、自分の力で治っていくようになるのです。

 

,人類の文化遺産として残すべく新たに創られた新健康腺療法

 第三期生対象の第七回健康腺療法講習会において新健康腺療法を披露したのであるが、その時の講義録を以下に紹介したい。

        *                       *

 今日は諸君に、人類の文化遺産として残すべく私自身が健康腺療法の原型を基に新たに生命史観的観点から創り上げた新健康腺療法の形を、私自らが諸君の一人一人の身体に施して記念すべきお披露目をしたいと思う。
その前に、まずは何故、新健康腺療法なのか?について話しておきたい!!

我が師吉田禎克先生が師匠である野中豪策先生の下に身罷れた後、私は、ともかく先生の御恩に報いるためにも健康腺療法を世に残さなければとの一心で、講習会をはじめたのである。
しかしながら、その当時の私の実態は、弟子でありながら師の跡を継ごう気が全くなく、したがって、自分にとって都合の良いところだけ頂戴すればよい程度の取り組みしかしていなかった不肖の弟子だったのである。その不肖の弟子が、先生が不治の病にかかって、その瀕死の病身をおしてご指導下さるようになってから、真剣に学びはじめたが、時すでに遅し、後の祭りとなってしまったのは返す返すも後悔の至りであった。このようなていたらくであったので、ようやくどうやら基本はできたようだなとの評価を頂く程度までしか上達できなかったというのが偽らざる実情であった。その結果、吉田先生がお亡くなりになる床で、稲村にまだ教えなければならないことがある、と仰っていたことを、後から奥様からお聞きするはめになってしまったのである。

また、私自身の健康腺療法に対する確信も、野中先生のような大天才や吉田先生のような名人が創られたものであり、実際にその鮮やかな治療によって治っていく患者さんを多数見ているので、健康腺療法は凄い治療法であるはずだというもので、自分自身の治療体験に基づく本当の意味でも実感を持った確信ではなかったのである。それというのも、私が実際に目の前にした健康腺療法は、吉田先生の鍼による治療であり、健康腺療法とは言っても、手による健康腺療法ではなく、手の健康腺療法を構造化した吉田先生による鍼の治療であって、その治療の中に健康腺療法が構造化しているとは言っても、現象的にはそれとは分かり難いものだったからである。だから、晩年吉田先生は弟子にその治療を見せるかたちで教えていて、弟子たちが健康腺療法と言うものを掴めないままめいめい勝手な方向へ行ってしまった現実をみて、手の健康腺療法から教えるべきだったと述懐されていたのである。

そのような実態でしかなかった私が教えた健康腺療法の講習会であったので、内容的にも教わった形をそのまま伝えるだけのものであり、ただただ、御恩に報いなければと言う一心であっただけであったので、その講習会は見事に失敗してしまったのである。

これは正直当時の私にとっては、自分の人生これで終わりかと思えるほどのショックであった。師の恩に報いることすらできない不様な自分のまま朽ち果ててしまうのか!とその後の自分の一生が走馬燈の如く駆け巡りゾッとしたのである。何と情けない、師が瀕死の病身をおしてご指導頂いたあの御恩に報いずして何の人生ぞ!!もう私に残されたのはこれしかない。一寸の虫にも五分の魂だと思い直して、どうせするなら健康腺療法をたんに世に残すだけでなく、人類にとってかけがえのない貴重な文化遺産として残すという壮大なる旗印を掲げてやろうと決意して再出発したのである。

かくして講習会を再開したのであるが、この講習会は前回の失敗を踏まえて技創りからはじめたのである。この健康腺療法が使える人間を増やして健康腺療法を世に残そうとする講習会の指導は、他の誰より自分自身の技を著しく上達させる結果となった。
このことは、自分自身の実感としてあるだけでなく、健康腺療法の創始者である野中先生の治療を受けていた正真正銘の本物を知る松山先生から、健康腺を取った直後「以前と全然違う」とのお褒めのお言葉を頂戴したことからも、客観的にもそれが事実であることが確認された。

また、健康腺療法を世に残すためにはそれを担う者のアタマを鍛えなければならないと、弁証法講座を開設して指導をはじめた。これも同様に、相手のアタマを良くしようとしてはじめたことが、他の誰より自分自身のアタマの技を著しく高める結果となったのである。

この実際の技の向上とアタマの技の向上とが、相俟って臨床における健康腺療法の治療の成果が上がるようになり、健康腺療法の真の素晴らしさを実感を以て確信できるようになったのである。

また、この弁証法の学びによって学問の歴史をよく学ぶようになり、今の我々が生きているまさにこの時代が、じつは人類にとって記念すべき画期的な時代であること分かった。それはどういう時代かと言えば、いささか観念論的へーゲル風に言うならば、人類が真の自分を発見し、長い回り道の結果本当の人間に回帰するということである。かつてヘーゲルが描いた絶対理念が本来の自分に戻るという青写真を実現する時代になったということである。すなわち本物の学問が人類のために役立つ時代が来たということである。

われわれも、この人類の文化の流れに乗って、その高いレベルで、健康腺療法を人類の文化遺産として残そうじゃないかと本気で思えるようになってきたと言うことである。

そういう意味で、生命史観的観点から見て、その健康腺療法の趣旨に照らしても、従来の健康腺療法の基本の型には文化遺産として残すにはまだ不足するものがあると思うのである。逆から言えば、それを補えば健康腺療法はもっと完璧になて人類の文化遺産としてふさわしいものになるはずである。これは前々から感じていたものであり、それなりに対策を講じていたつもりであったが、最近それが全く効いていなかった事実が発覚し、それを徹底的に反省する中で、気づいたことがあり、それに基づいて修正したところ、劇的な成果を上げることができるようになったのである。当然のことながら、これは企業秘密に属するのでぼかして書いているが、実際の講義では、事実から詳しく説明してある。


ただ一つだけ事実を挙げておくならば、現在?胞腎で人工透析をしている患者さんにこの新
新たに工夫した新健康腺療法をほどこしているが、お灸や鍼をやっていたときと比べてもむし
ろこちらの方が良いのではないかと思えるほど順調な経過を辿っている。

また、奇遇な偶然によって、たまたま健康腺談義という掲示板にタマゴさんという鍼の先生から肩井穴の重要性を教えていただき、それを検討する中でこれは新健康腺療法の体系の中にとりいれたならば、非常にスッキリすると言うことに気がついて、ここれを積極的に取り入れることによって、新健康腺療法が人類の文化遺産としてふさわしい品格と体系性を備えたものとして完成したのである。実を言うと、これはつい今朝のことであり、本日講習会に出席する前に先の?胞腎の患者さんにその完成したばかりの新健康腺療法を初めて試してきたばかりである。それをこれから、諸君たちに披露しようと思う。

 

 

 これに対してある患者さんからの心のこもった便りがあったので紹介したい

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 私は愚按亭主様が講義録で事実として挙げておられている嚢胞腎の患者です。
  嚢胞腎とは、糖尿病ほどにはあまりなじみのない病気かと思われますが、正式には多発性嚢胞腎(Polycystic Kidney)と言い、主として腎臓に嚢胞が無数に生じる、遺伝性疾患とされています。

  現代の西洋医療では遺伝病とされ、人によって異なりますが、年齢が経過するに従って腎組織に嚢胞が多発し、大きくなり、組織が潰れていきます。腎機能も低下していき、治癒することはないとされています。
  治療法もなく、人工透析で延命をはかる以外に、医者には打つ手がありません。

  私も9年ほど前から人工透析が導入されています。医者はどうせ治らないというので、透析中に事故が起こらないようにということと、付随して生じる高血圧症状などの症候群を投薬で抑える程度のことしかやりません。
  最良の医師でも、現状維持(病状が悪化しないよう)のために食事を含めてどんな生活をしたらよいかを指導してくれるだけです。

  私は人工透析を受けるようになるはるか以前に、ある新聞記者に自分の病気のことを話したことがあり、その記者から医学界では遺伝病と言われることがあるが、遺伝病などというものはないと主張している医師もいるのだと言われました。

  現代の医者は、例えば嚢胞腎もそうですが、親と子、兄弟、親族などが同じ病気になると、これはきっと病気が遺伝したのだと短絡的に捉えてしまうようです。しかしそれは錯覚ではないかというのです。

  また、病気が治らないということも本来はないはずだともその記者が言っていました。足が壊疽で切除されて無いという場合は、今の医療では足が再生されることはないでしょうが、人間が生きている証である代謝があるのなら、細胞は再生産されるのである。だから君の嚢胞腎にしても不治の病だと諦めることはないと思う、と言ってくれたのでした。

  この定説とはかなり違う「学説」をもし信じるなら、私には線香にともった灯ほどのかすかな希望が湧くことになるのですが、いかんせん素人にはなんとも判断できかねました。

  またそれが正しいとしても、嚢胞腎を治してくれようという治療を行ってくれる医療機関があるわけではないので、途方に暮れるほかなかったのです。もしかしたら東洋医学でなら…と思わないではなかったのですが、私の親族も同じ嚢胞腎で苦しみながら、鍼灸治療を受けた者もいましたが、結局治ることなどなかったのです。

  嚢胞腎は先にも言いましたように、糖尿病ほどメジャーな病気ではないため、糖尿病のようにこうしたら治るとか、調子が良くなるとか、そんな情報がからきしないのです。

  そんなおり、偶然のことで愚按亭主様と知遇を得て、1年ほど前から天寿堂にて治療を受ける僥倖をいただきました。
  健康腺療法ならどんな難病も治せると言われ、まさに藁にもすがる思いで通わせていただくこととなりました。

  施術は激痛を伴うものでしたが、一度として「やめたい」と思ったことはありません。いったん信頼を寄せたのだから、地の果てまで…と決意したからです。嚢胞腎そのものが劇的に快癒していく実感はあるのではありませんが、愚按亭主様が施術中に「痛いほど良く効く」とおっしゃるとおりに、部分的な感覚として経絡なりツボなりに激痛のあとには効いているという実感は見事にあったのです。

  しかしなにしろ嚢胞腎の腎臓がもとの健康体に戻ったという事例は、世界中にないのですから、これは『恩讐の彼方に』の了海が鑿と鎚で挑んだ「青の洞門」を掘った事業にも匹敵するような“無謀”な挑戦であったろうと思いました。
  世界中の医者が、不治の病と烙印を捺しているものを治してみせようというのです。この世界初の偉業=奇跡に挑もうとする愚按亭主様の前で、居ずまいを正さざるを得ないではありませんか。嚢胞腎を治すとともに、私の体を実験台として健康腺療法の発展を目指す、この両方の偉業に不肖私が関わるという歓びを人様にどう説明できましょうか。

  「健康腺談義」のほうには「(施術が)非常に痛いのでギャアギャア叫ばれる」という方もおられるようですが、私は一度たりとも叫んだり喚いたりしたことはありません。男だから忍耐は当たり前ですが、この偉業に挑む愚按亭主様ではしたない姿はさらけだせないのです。

  そしてついに、「健康腺療法が完璧になって人類の文化遺産としてふさわしいもの」として完成し、その第一号の施術患者にしていただいたことに感激した次第です。身に余る光栄とはこういう場合につかう言葉なのでしょう。
 
  あとは真に嚢胞腎を完治させるべく、健康腺にだけ頼ることなく、私自身も自努力を励み、いずれの日にか「おかげさまで完治しました」と胸を張って報告できるようにしたいと存じます。
  史上不可能とされている病気を完治させることで、南郷学派の生命史観や弁証法の正しさを証明していただき、それが本当の学問を揶揄もしくは冷笑する口さがない連中を黙らせることにもなろうかと期待しております。

 予想通り心ない批判が寄せられたので、それに対する反論の中で、これまでの治療の中間総括が行われているので、次にそれを紹介しよう!

       *                             *

 私は生命史観を土台として独自の経絡論を創り上げ、それを「医道の日本」誌にそれぞれ「もう一つの経絡論」として約10回にわたって連載して発表し、その数年後に再び「生命史観的経絡論序説」と題して11回連載した。その中で、経絡の実体としてのスジのネットワーク論を展開したが、これはまったくの私の独創であり、現在に至るもそれを説いているのは私一人だけである。

  その生命史観的経絡論およびスジのネットワーク論から、この多発性?胞腎は、本来細胞の代謝をサポートすべきスジのネットワークが何らかの原因で阻害する反対物に転化してしまって、細胞の代謝産物いわゆるゴミが充満してしまった結果、その応急処置としてゴミを入れるための袋である?胞があちこちに創られて発症するのだという私独自の見立てを話し、そのスジのネットワークを良くすれば治る可能性があると思う、と説明した。

  こういう説明は初めて聞いたと私の説明に納得して貰って、治療を開始したのである。初めて腹診したときに私はビックリ仰天した。左右の肋骨弓の下の上腹部、ここは背中側にある腎臓のある位置のちょうど腹部側にあたる部分に相当するのであるが、ここに腸を取り囲むようにスジが石灰化して硬くなってブロック塀のように硬い塊がいくつもできていたからである。これは私の見立ての正しさを証明するものであったが、このような状態の腹部は初めてであったので、ここまで酷いとはこれは最早人間の腹部ではないな、というほどであったのでビックリ仰天したのである。

  治療を開始して、初めのうちは健康腺の治療で、体調がぐんぐん良くなり、血液検査の値も良くなっていった。そのうち腹診の異常を取っていくと最後には必ず心点の異常が残ることが分かり、如何に心点の異常を取るかがポイントになっていった。ところが、この心点の異常の原因が毎回違うので、前回ここをやって取れたから、ここをやれば取れるはずだというのが全く通用しない状況であった。それで毎回苦労することになったのであるが、この苦労が私の治療の実力を磨いてくれたと思う。加えてこの変化する事実に柔軟に対応して問題の解決を図るという実践が私自身の弁証法的なアタマの働かせ方を鍛えてくれたと思う。何故なら、弁証法は変化を扱う学問であるからである。

  こういう治療をしばらく続けていたある時の明け方、右の中指、東洋医学では心包経(心臓を包む膜に連なる経絡)が走っているところであるが、ここが異様に腫れて痛み出し、つづいて舌の裏側の静脈が集まっている部分から黒くどろっとした血糊様の血液の出血(鼻血ならぬ舌血)があった。ところが、この現象は一回だけでなくこの時期数回見られた現象であった。
※書き落としたところがあるので後からの補足説明である。東洋医学の陰陽五行論では心と舌は同属に属し、密接な関係にあると見るが、この現象はそれを見事に証明するものであった。

  これは東洋医学の言うところの?血の自発的な排出現象で、自らの力で治っていく働きが作動しはじめたことを意味するものであった。それ故、これからぐんぐん良くなっていくのではという期待が高まったのであるが、現実はそう甘くはなかった。むしろ、ある限界に達したようで、血液検査の値もある一定のところから前進せず小康状態を保ったままであり、腹部のブロック様の硬結も相変わらずであった。

  この頃から、この膠着状態を打開するために積極的に鍼やお灸を使い始めたのである。ところが、思ったほどの効果が得られずに一年を過ぎた頃、これまで避けてきたブロック塀様の硬結に直接鍼を刺すことを思い切って実行した。これには相当の激痛が走ったようであった。これを2〜3回実行すると常時腹痛が出るようになりかなり消耗した様子であった。病院の血液検査してみるとやはり炎症反応が出ていた。
  この硬結に直接鍼を刺すと、一時的に硬結が消えたかのように現象するものの、しばらくするとまた出てくるという状態であった。ただ、これは一つのキッカケとなったことはたしかであり、ブロック塀様の硬結が変化しはじめるキッカケとなったとは思う。しかし、これを続行することは患者に非常に負担になるのでできるだけ負担にならないような方法を考え出し置き鍼の形でやる方法に切り替えたころ、ある偶然から従来の健康腺療法を改良した新健康腺療法を考案しだし、それを治療に応用しはじめたのである。

  そして、ある程度の感触を得てから、これからはこの新健康腺療法一本でやろうと決断し、実行しはじめた。すると、これまでより治療時間が短くなったのにもかかわらず、その効果はこれまでと遜色なく、否、むしろ硬結とそのまわりの腹部の状態が良いのではないかと思われるようになってきたのである。硬い硬結が、徐々に柔軟性を帯びた硬結に変化してきたのである。それとともに周りの腹部の状態もより柔軟性を帯びた状態に変化してきたのである。

  お小水も、これまでは一日数回ある排便のうちの初回にだけ少し出る程度であったのが、確実に毎回少しだけであるが出るようになってきたという。
  そして何より、新健康腺療法の治療の後の一両日の間、猛烈に眠くなる現象が見られるようになったことは、これまでなかったことであり、これは身体を本格的に治そうとするときには意識は邪魔になるので眠らせようとする現象であると思われるので、非常に良い兆候であると思う。